「お帰りなさい。遅かったじゃない、生意気だわ」
「…久々に会っての第一声がそれなのか、お前は」

 本来ならば誰もいないはずの部屋。CBから支給されているとある街にあるマンションの一室に、この女が勝手に上がりこんでいたのはこれで何度目だろうか。名義上の持ち主であるロックオンの許可なしに上がりこんでいたのならば不法侵入としてここでロックオンが警察に連絡を入れても何ら問題は無いのだが、自身の所属している組織から必要最低限の問題は起こすなと命令されているのに加え、ロックオン自らがこの部屋に現在ソファーに寝そべりテレビを見ている女性を呼び、更に合鍵を渡しているのだからその選択肢は頭に無い。
 ここ暫らくは任務もなく、地上に戻っていても問題は無いと言われ地球で自分を待つ愛する女に連絡を入れてから既に十時間は経過していた。宇宙から地球まで、そして機動エレベーターからここまでの距離を考えれば妥当ではあるのだが、ロックオンを待つ身としては暇で仕方が無かったらしい。テーブルの上に留まらずフローリングの床の上にすら散らかる缶ビールの類がそれを顕著に物語っている。本来ならば一緒に飲もうと思って買ってきたのだろう、少々申し訳なく思うが人の家でここまで勝手気ままに振舞われると謝罪のひと言がどうしても喉から出てこない。視線をもう少し横に移すとつまみが大量に入った袋がぞんざいに置いてある。宴会でも開くつもりだったのかこいつは。

「結構飲んじゃったけどまだたくさん冷蔵庫の中に入っているから、好きなの飲んで」
「それよりも俺は熱烈なお出迎えを期待してたんだが。このままじゃ酒乱パーティになりそうな気がしてならん」
「これが私にとっての最大限のお迎えよ。不満ならどこをどうすればいいのか言って欲しいわね。努力はするわ」
「こう…なあ、寂しかったわーとか何とか言って抱きついてきたり…」
「…それを私に求めるの?」 「たまにはいいだろ!会うのだって久しぶりなんだからちょっとくらいサービスしてくれたって!」
「寂しかったわ、ロックオン」

 ソファーから起き上がり、少々の間を空けてから傍らに立つロックオンに抱きつきあまり感情の篭っていない台詞をさらりと吐くとあっさりと離れてしまった。行動力の高さと速さは認めるが、それならばもう少し演技でもいいから熱っぽく可愛らしく言って欲しかったというのがロックオンの本音だ。

「まあいいさ。やっと会えたんだしな」
「あら、不満げね。長旅で疲れてるだろうあなたに負担をかけさせまいとする私の気遣いが伝わらなかったのかしら」
「そんなことはないさ」
「飲む?一杯買ってきたの」
「少しだけな」

 机の上にあった未開封の缶を渡されてロックオンはの隣に腰を下ろした。柔らかいソファーは簡単に沈み、二人の距離を少し縮めるが新しい酒を取りに行こうとが立ち上がったのでそれは一瞬のことでしかなかった。あまりのつれなさに涙が落ちそうになったが、音を立てて空いた冷蔵庫の中身を目にした瞬間にそれは頭から霧散した。冷蔵庫一杯に詰め込まれている酒。ビールだけではなく酎ハイや焼酎その他色々な種類のものが並んでいて店でも開くのかと心の中で突っ込んだ。そういえばこの女はミス・スメラギにも負けないほどの酒豪ではなかっただろうか。酒を飲む理由としては嗜みの他にストレスを紛らわせるものもあったが、この女のすごいところは「我飲む、ゆえに我有り」なところだ。つまりは根っからの酒好き。ストレス?そんなものがこの私にあるとでも?そんな女だ。そして更に驚くことに完全なザルである。頬に朱が射しても十分後には元通り。次の日に二日酔いなんてありはしない。どんな体内分解をしているのか一度見てみたい気はするがそこは見てはいけない領域な気もするので特に突っ込んだりはしていない。触らぬ神に祟りなし。さてこれはどこの国の言葉だったか。


+


 押し倒すようにとベッドインしたロックオンは久々に腕の中に抱き込めたを堪能しようと思い切り強く抱きしめる。で酔っ払いに抵抗をしても意味が無いと理解をしているのか自身も久々なロックオンの体温に元から抵抗をする意思はないのかおそらくは後者の理由で受け入れている。感触や匂いを思い存分楽しんでから、ロックオンはの腕に唇を当てるとそのまま弱く歯を立てた。甘い戯れだ。

「…跡がつく」
「つけたいんだ」
「ねえ、こっち向いて」
「ああ」

 暗闇の中で正確な位置を掴むのは難しいが、には夜目が利く。一寸違わぬ位置へ自分の唇を弱く当てそれを何度か繰り返す。あえて深いものへは発展させずに顔を離すと酒の影響で赤くなった顔が目の前に現れる。持て余していたロックオンの手がの胸へと動くが、別段慌てる様子も無くはそれを見守った。当てられた大きな手はそれ以上動くことなく確かめるように上に乗ったままだ。微かに心臓の音が手を通してロックオンに伝わる。いつもよりも若干早いそれは心地が良い。

「俺はいつでもに会いたかったよ」
「うん」
「あと寂しかったな」
「うん、知ってる」
「好きだ」
「私もよ」

 互いに寄せ合って目を閉じる。人工の物とは違う人の体温がゆるやかに二人を眠りに誘う。投げ出されたようにベッドの上に置かれた手は、繋がったままだ。


+


「畜生、だからお前と酒飲むのは嫌なんだ」
「それは私の所為じゃなくて自分の限界を見極めれなかった貴方の所為だと思うわ」

 ウワバミの特性を持った人種と酒を共に飲む場合は自身の飲む量もつられて多くなって仕舞うのは一種の人間の心理で、相手がまだ飲んでいるのだから自分もまだいける!と脳が勝手に誤認してしまうが故に次の朝に酷い目にあうのは自己管理がなっていない証拠だというのは分かっていたことなのだが、酷い頭痛に苛まれる思考回路では後悔と責任転嫁しか出てこないのは仕方が無いことだと思って欲しい。絶対に胃に収めた量は自分よりも相手のほうが上回っているのに、体調不良など一度もなっていないという風貌でけろりとした状態を見るのはこれで何度目だろうか。最初は少しだけのつもりだったのだが、話に花を咲かせているうちにの飲むペースに知らず知らずのうちに合わせていたのだろう、部屋の中に散らばる空き缶の量を見ればこの痛さも当たり前だと自分を納得させる他無い。これをたった二人の人間が、主にが飲み干したのだろ思うと頭痛が更に酷くなりそうだ。…俺はそんなに酒に弱くはないんだがな、と心の中でつぶやいた独り言は当然届かない。

「これじゃあ今日は何もできないわね、残念だわ。久しぶりだからサービスしてあげようと思ってたのに」
「なっ…、それはあんまりじゃねーのか!?くそっ、それなら昨日の内に手出しておくんだった」
「私酔っ払いとするのは嫌よ。際限が無いもの」

 冷たい言葉がぐさりとロックオンに突き刺さった。普段ならばそれほどまでではないのだが、弱ったこの身では降りかかる言葉全てが深く入り込んできてしまう。できれば優しい言葉をかけて欲しい、部屋の掃除なんて後でいいから。シーツも洗うから、と言われて寝転がる下にひかれたシーツをテーブルクロスをひくように引き抜かれ、ロックオンは下の生地とご対面した。窓が開けられ、洗濯物を洗う音が聞こえる。さわやかな風に二日酔いの辛さも少しは和らぎそうだ。

 大体を首尾よく終え、ロックオンの寝るベッドへと近づいて膝立ち状態では寝てしまったロックオンの手を握った。自分の所為だとは少しは思っているが、あんなに浴びるように飲むからだ。むしろ何の影響もない自分のほうが異常だと分かっているが、体質なのだからこれはどうしうようもない。DNAレベルに文句を言われても本人にはどうすることもできないのだ。言い訳がましく心の中で呟いてから、仰向けで寝ているロックオンの顔を見て堪能し握った手のひらに口付ける。なんて可愛い寝顔で寝るのだろうかこの男は。自然と口元が緩むが、こんな姿は見られたくない。見せたが最後、調子に乗ることは必至だからである。癖のある柔らかい髪に手を入れて何度か梳くように撫でる。せめてもう少し、もう少し待って欲しい。今はお互いに大変な時期なのだ。世界の変革を終えたら。終わるか分からないが、そこまで待つと決めたから。だから今は、これで満足をする。今度はベッドに乗りあがり唇にキスをする。会いたかったなんて口にしなくても、私も同じ気持ちだったよ、ロックオン?




愛と平和はアンバランス
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