「少し根をつめすぎではないのか。休憩をとったほうがいい」

かれこれ六時間、しかしそれはグラハムが最初にを見てから今彼女へ声をかけたまでの時間なのでもしかするともっとずっと前から彼女はこのように端末装置へと目を向け忙しなく手を動かしているのかもしれない。グラハムがそう声をかけても、は「もう少ししたら十分間休憩を取ります」と無機質な声で答えた。みるからに集中しきっている。普段の彼女ならばもう少し柔らかい物言いをしたはずだと思うのはグラハム自身の思い上がりだろうか。しかしの普段のそれフラッグ開発の科学者としてパイロットであるグラハムに向けられていたものだとするとあまりのつれなさに思わず苦笑いがこぼれてしまう。

「貴方が乗る機体です。寸分のミスも許されません」
「私の心配をしてくれているのならば嬉しいが、それが原因で君が不調になるのはいただけない」
「大丈夫です、自己管理はできていますから」
「そうか。…エイフマン教授から急ぐようにでも言われているのか?」
「…、確か貴方が急ぐように言ったとお伺いしましたが、私の記憶違いでしょうか、中尉」
「確かにそうだった、すまない
「これが私の仕事ですから」

は有能だ。それゆえに大学卒業と共にユニオンのMS開発科学班に勧誘され、今ではユニオンが誇る最高のMS、フラッグの開発部門で指揮官に近い立場になっている。最高と言うものの、ガンダムが現れたことでいまやその表現は技術者や科学者にとっては皮肉にしかならないことはグラハムは知っていた。そして今はエイフマン教授と共にグラハム専用のカスタムフラッグの開発に仕事だという名目無しでも昼夜問わず没頭している生粋の科学者だ。

カスタムフラッグの強化改造にあたりグラハム用のフラッグのプログラムは既に終了しているらしいことは行儀が悪いことは分かっていたがグラハムがの端末を覗き込んだことで理解できた。強化を要請してから一日で、すさまじいスピードと仕事の正確さだ。今がしていることは、アイリス社から新型試作ライフルを取り寄せるための準備であった。後ろで自分の手元を除くグラハムに全く気にしていないところから見ると、どうやらすでに日常の一部らしい。我慢強くないことを公言して憚らないグラハムから既にもその旨を聞いている。だからと言って一日目からして顔を出してくるとは思わなかったが、これといったイレギュラーな事態ではない。

「ブラックでよかったかな?」
「ありがとうございます。先程カタギリ技術顧問から差し入れを頂いたのですが、一緒にどうですか中尉」

カタカタとキーボードを打っていた手が止まったかと思えば、ひと段落は着いたらしい。ちょうどその時にグラハムが自分と用に淹れてきたコーヒーを持って戻ってきたので、は数時間前、疲れたときは甘いものを食べたほうがいいよ、と柔和な笑みでカタギリから差し入れされたドーナツの箱をテーブルの上で広げた。そのときも同じく端末へと集中していたので礼を言いグラハムと同じく根はつめすぎないようにね、と言われたきり放置したままだったので箱の中からはようやく食べてくれるのか、と待ちわびていたドーナツたちの甘い香りが食欲を促すように漂ってきた。

コーヒーを飲みつつふう、と一息漏らしてもの顔には疲労は見えない。むしろこの開発に関われることを喜んでいるようにも見える。たいした女性だ、グラハムはそっと心の中で呟いた。まるで、恋する乙女のようではないか。

「楽しそうだな」
「?はい、楽しいですよ」
「ここまで君に尽くしてもらえるとは、フラッグも罪な機体だな、妬けてしまうよ」
「兵器開発ということは忘れてはいないのですが、こればかりは」
「それを言ってはパイロットの私はもっと立つ瀬がなくなるな」
「すいません」
「いや、謝らなくていい。軍人とはそういうものだ、平和を望みつつ、いざそうなると私たちは皆無職だ」
「矛盾、してますかね」

矛盾の代名詞はむしろCBではないのか、グラハムももそれは分かっていたが互いに口には出さなかった。そう、ここでそんな話をしても仕方が無いだけだ。何かが変わるわけでもない。

「フラッグに恋をしているのは、私ではなく中尉だと思いますが」
「私かい?私は…そうだな、フラッグは愛しているよ。しかしガンダムへの興味も尽きない。これでは二股だな」

肩を竦めて言うと、はつられたように破顔した。もちろんからはガンダムには科学者として興味はありますが私はフラッグ一筋ですと一夫一婦制を宣言されてしまった。これにはグラハムは笑うしか逃げ道が無くなる。君にはいつも負けてしまうな、口に出さずとも何故かには伝わっている気がしたし、で珍しくにっこりと笑っていた。手渡されたドーナツをかじると甘みが口の中一杯に広がってきた。そう、これは恋の味だ。三股とは世の女性の敵だが、グラハムは唐突にへの恋を自覚した。



take me to the end of the world.
(世界の果てまで連れてって!)


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