「どうして殺した!」

ガラスの破片を散りばめたような空がぽかりと見える暗い路地裏で、ニールは夜よりも暗い瞳を持つ女に向かって言葉が出ないように我慢るすのをやめたように吠えた。に残る血の匂いも、路地裏に充満している夜の匂いも全てがニールを苛立たせる要因になっている。

「ターゲットは男だけだったはずだ、子供まで殺す必要はなかった!」

父の死体を目にして、恐怖で動けずにいた子供の泣きそうな表情が目の前に浮かんだ。暗闇の中、窓から入る星明りは床に倒れる男の姿を照らしはしても、その近くに立っている銃を持った男の姿までは照らし出さなかった。顔を見られる前に立ち去ろう、と踵を返そうとした瞬間、後ろで人間の倒れる音がした。見ると、薄っすらと煙を吐き出すサイレンサーを付けた銃を構えた女と、その前に絨毯に血を溢して倒れている小さな姿があった。

それを目にした瞬間、目の前が真っ赤に染まり女に掴みかかろうとしたニールを止めたのは、子供がベッドにいないことに気付いて家の中を探している母親の足音だった。当初の予定通りに確保していたルートで逃げ出す前にニールは倍になった死体を見て、心の中で悪態をついた。

「顔を見られていた可能性がある」
「でも子供だ!」
「子供だからといって躊躇は出来ない。自分に危険が返ってくる可能性がある以上、殺すのが最善だった」
「そんなのっ」
「あの子供がいつか私たちを殺しにやってくるかもしれない」
「っ…」
「私やあなたのように、復讐者として。あなたの優しさはあの子に殺されることなの?」
「そうじゃない!ただ、俺は嫌なんだ…っ」
「私は死にたくないわ」

暫らくにらみ合い、おそらくあの家の唯一の生き残りの母親が通報したのだろう、警察らしき者達の足音が近くまで来ているのに気付き、二人は視線を外し、住居へと戻ることにした。




とニールは、意見の一致という方面からではまったくと言っていいほど対立し合ったが、セクシャルな面ではこれ以上には無いほど相性が良かった。相手のどこをどうすれば絶頂に行き着くのかは自身以上にお互いが知っていたし、簡単にオーガズムを感じることも出来た。お互い貞淑なわけでは無かったが、定期的にセックスをする相手としてはこれ以上の相手は見つからなかった。

しかし人間の体には限界があるもので、何時間もセックスをすれば接合部は痛みを発し始める。最早この行為は欲望を貪り合うものではなく、どちらが早くギブアップするかを競争するような、子供のような意地の張り合いに移行していた。

「もう、出すものも出し尽くしたんじゃないの。いつまで意地張ってるつもり」
「そっちこそ限界が近いんだろ。腰が逃げてるぜ」

少しでも腰を動かすとじくりと疼くような痛みが走る。お互いにそれを表面には出さずに動くが、痛みによる生理的な汗が額に浮かんでいる。それを知っているから自分からは降りれない。既に起ち上がる事すらできないほどなのか、の中に埋まっているニールのものは柔らかい。中でこねるようにして動くと、どちらのものか分からない息を吐く音が聞こえた。ニールは自分の上に乗っている女の腰を掴んで、自分のほうへと引き寄せた。耳元へ愛を囁くように言葉を吹きかける。

「今後同じようなことが起きても、また殺すのか」
「殺すわ」
「…
「どうして私が、あなたのお願いを聞かなきゃ駄目なの。それなら近距離は私に任せてニールは遠距離に専念してればいいって言ってるのに」
「分かって聞いてるだろ」
「そんなに私が死ぬのが怖いの?」
「怖い」
「矛盾してるわ」

そんなのは最初から分かっていたことなのだけれども。




ニールとは愛し合っていたということに気付いていた。しかし気付いてもそれだけで、相変わらず罵倒の飛び交う会話をしていたし、意見も噛み合ったことが無い。セックスはどちらかが気絶するまで続けられたし、は相手が女だろうと子供だろうと途惑いなく殺してニールはいつもそれに苦い顔をしていた。

だからは自分が死ぬのならニールに殺されるのだろうと思っていたし、何故かニールに殺されるのならば死ぬのも悪くは無いとまで思っていた。

「俺もすぐに行くと思うから」

うん、と頷いては胸が焼けるように熱いことに気付いた。穴が開いている。とめどなく溢れる血を見ているとニールとのセックスを思い出した。初めてのセックスはお互いに暴れて血まみれになった。場違いなことだとは分かっていたが、すごく愉快になった。なので期待はしていない、との意味を込めて飛び切りの、恐らく初めて見せる笑顔をニールに向けた。ニールはをベッドの上に乗せてから、ドアまで行きの頭を撃ち抜いた。


ニールはどうしようもないから、すべて許してあげるの。愛だわ。私たち、あんなに合わなかったのに。これって奇跡よね?


ニールとはお互いに愛していたのだと思う。愛してるの言葉もなく、キスや手を握ることもなく、それが悔しいとは思わなかったけれど。




幸せな恋人たち
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