愛の表現は惜しみなく与えるだろう。
しかし、愛の本体は惜しみなく奪うものだ。 ――【愛は惜しみなく奪う】




キスでもしてみましょうか、

「ぶはっ」
「汚いですよ、君」
「き、キスぅ?」

体内へ入れるはずの液体を再びカップの中へと注いでしまったは、そのことに眉を寄せるリヴァイブに少々不躾な視線を注ぎながら、カップの中身を増やす原因になった言葉を繰り返した。「そうですよ」とリヴァイブ。「するのかしないのか、早く決めてください」

「…行き成りなにを?」
「暇、なんですよ、大概ね。リボンズはまだ僕に何の指示もくれないで、待機待機とそればかり」

恋愛感情を伴った関係で無い以前に、互いを異性としても見ていないにも関わらずそのようなことを言い出した原因は明らかだった。は頭の中でリボンズが優雅にのらりくらりとリヴァイブを宥めている姿を思い浮かべ、ああこれはストレスが溜まっているんだなぁと理解し、しかし自分がそのストレス発散のためにそのような意味の無い接触を受けなければならない理由にはならないと結論付けた。さて、どう断ったものだ。

「あなたには可愛らしい相方がいるじゃない」
「あの子は好きですけど、そういうのは別なんです。大体どうして同じ顔とキスをしなければならないんですか」
「別にいいじゃない、目さえ瞑ればノープログレム」
「君、僕とキスするのが嫌なんですか?」

ストレートに言われた。回りくどく断ろうとは思っていたが、いくら付き合いが少々長いとはいえ行き成りそのような行為を強いられようとしたことに少し動揺していたらしい、リヴァイブが回りくどいことが嫌いでハッキリと物申す性格だということを失念していた。目に見えて不機嫌そうになったリヴァイブには正直面倒くせぇと思ったが賢明にもそれは表に出さず、「人間はなんとなくで異性とキスはしないものだ」ということを言葉にした。しかし、

「いいんですよそんなの。僕は人間ではありませんし、君もそんなことは気にしない性質でしょう?」
「気にしますよ」

あまりの言い様に思わず敬語になった。

「そうですか?普段の君はあまり貞淑には見えませんが」
「そりゃあ戦闘になれば、少し乱暴になったりはしたりしなかったり…」
「そんなことは置いといて、、キスしましょう」
「これはあなたから振った話だと思ったんだけど?」
「まどろっこしいんですよ、ただの唇の接触でしょう、何をそんなに気にする必要があるんですか」

言われては考えてみた。今までそんなに経験が豊富というわけではなかったし、確かにキスの意味は深く考えていなかった。ただ好きかなぁ、と思う相手としてみたり、単純に可愛いなぁと思うもの、無機物だったりにしてみたり。リヴァイブのことは好きな部類に入る。それに、自分に見せる案外我が儘な姿もまぁ可愛いと言えなくも無い。そう考えると別にいいのでは?は深く物事を考えると巡り巡って最初に持っていた主張とは間逆の方向へ流れてしまうという悪癖を持っていた。後から思えばこの判断はやはり間違っていたのでは?と疑問を持つときもあるのだが、この時点ではは自分が何を言っているのかをあまり理解していないことが多い。「ならいいよ」

「じゃあ目を瞑って」
「はいはい」
「…息がくすぐったい、少し止めてなさい」
「うむぅ」

注文が多い。文句は心の中で呟いて、は言われたとおりに目を瞑り、呼吸を止めた。すぐに唇に柔らかいものが触れて、気にしていないつもりだったがの心臓が強く脈打った。ただ触れているだけのキス。子供っぽいな、と思いつつ目を薄っすらと開けて目の前の人物の様子を盗み見た。に言った通りのことをリヴァイブもしていて、ドアップで見る顔なんて失笑を買うだけだと自身での経験上理解していたことはリヴァイブたちには通用しないと突きつけられショックを受けると同時に、なんだか今更ながら恥ずかしくなってきて顔が少し赤くなるのを感じた。

一向に深くならないキスに物足りなさを感じたは、一度大きく息を吸い込んでからリヴァイブの形の良い唇を舌でなぞり、驚いて開いたのであろう隙間から自分のそれを差し込んだ。瞬間にばりっと引き剥がされ、息を荒くして顔を真っ赤にさせたリヴァイブに、「なにをするんですか君は!」と怒鳴られた。

「だって、暇なんでしょ?それならフレンチのほうがいいかなと」
「な、でも、最初は合わせるだけじゃないんですかっ」
「ええ?何を生娘のようなことを言って…」

そこではた、とは気づいた。「そういえばリヴァイブ、あなたこれまで経験は?」

「ありませんよそんなの!どうして人間の真似事なんてする必要があるんです!」
「じゃあどうして私と…」
「だってこれは、愛情を確かめ合うために行う行為なんでしょう?こうすれば君の気持ちも少しは――…」

今まで興奮をして自分が何を言っているのか、意味をよく考えないで口に出していたのだろう、少し頭が覚めてきたリヴァイブは今自身の口から出てきた言葉を信じられないような表情で聞いて、言葉を切った。「…え?」こいつ今、なんて言った?

「……」
「……」

かあぁぁぁぁ、と音が聞こえた気がした。どちらから発せられた音かはお互いに分からないくらい、二人とも顔を赤く染めて、はわざとらしく目線を逸らしてリヴァイブは口元に手を当てた。一時は収まったと思った心臓が再び強く胸を叩き始めて、は「マジか…」と呟いた。どうしよう、今気づいた。私リヴァイブが好きかもしれない。

「リ、リヴァ…」
「なんですっ、言いたいことがあるんなら言えばいいでしょう!」

自分で遮っておいてなんて無茶苦茶な。「あの、さ」やはり自覚をしてしまうと何よりもまず気恥ずかしさが先行しまい、中々言いたいことが口から出てきてくれなく、は何度か口の上下運動を繰り返し、「責任取ろうか」という意味合いの言葉を発することに成功した。「初めてだったんでしょう?」明らかに後付の理由も添えて。

「ば、馬鹿じゃないんですか君は!」

それは男が女に使う言葉じゃないんですか!やらキーキーとリヴァイブがひとしきり騒ぐのを聞きながら、はこれはなんだろうと思い始めた。こんな恥ずかしい思いして言ったのに、まさか馬鹿にされるとは思わなかった。恐らくは照れ隠しの罵詈雑言をは右から左に聞き流しながら、これは言葉では無理だと早々に言語コミュニケーションを放棄して違う方法で誘導することに決めた。「で、愛情は感じた?」

「知りませんよそんなの、本当人間というものは可笑しなことばかり思いつくんですから」
「もう一回、してみる?今度は何か違うかもよ」

にこりと笑ったをなにか不思議なものでも見るような目つきでリヴァイブは見つめ、すでに落ち着きを取り戻し赤みの引いていた頬を再びほんのりと朱に染め、目を逸らした。

「…本当、人間は愚かだ」
「それが進展への第一歩になるものですよ」




グランギニョルの幕は開けて ★
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