「よう」
「…おう」

秋晴れの見事な一日。なんとなく時間が空いてなんとなく美味いエスプレッソが飲みたくなり、なんとなく目に付いたカフェに入りそしてまたしてもなんとなく座ろうとしたテーブルに先客として座っていた男を一瞬まったく同じつくりの顔をしている男だと勘違いしたのも、なんとなくということにしておく。まあ座れと促され、特に断る理由もなかったのでそこへ腰を下ろし、注文を取りに来た店員に適当に注文し、は一息ついた。

「この店には初めて入るが、なかなかだな」
「だろう?以前見つけてからここは俺のお気に入りでね、このこじんまりとした感じがまた趣出てるだろ」

すでに目の前に置かれているコーヒーを口に含みつつ、ライルは視線をぐるりと店内へと巡らせた。もそれにつられるように薄暗い店内へと視線を移す。雰囲気を出すためか単なる電気代の節約のためか、だが外からの光のお陰で不便だとは感じないくらいの明るさの店内、外や店内にいる客の会話や食器の音、ちょうど外からは見えないように死角になっているこの席ならば少々物騒な会話をしていても気付く者はいないだろう。確かに心当たりがないわけではない。は運ばれてきたコーヒーに口をつけ、とりとめのない会話を目の前の男としながらそう考えた。しばらく変哲もない話を続け、ライルが二杯目を頼んだところでは足を組み替えた。

「そういえば、前動きが活発だって言ってた魚、まだ元気なのか?」
「いや、流石に泳ぎ疲れたんだろ、最近はおとなしくイイコにしてるさ」
「へえ、なんだ同じ水槽にいた女にでも振られたか」
「流石にこれ以上は身が持たないって赤い尾のセクシーな金魚ちゃんに泣きつかれてな、違う水槽に移してやったんだ」
「なるほどな。助けてやったからには喜んでお前さんの後くっついてきただろ」
「そうなることが多いがな、今回は早々に自然に帰してやったさ。活発すぎると他にもやらかしてること多いからな」
「珍しいな、女好きで有名なお前が。他の金魚ちゃんが見えないほどにぞっこんになる尾びれでも見つけたか」
「ヒラヒラの綺麗な尾びれなんてついてないけどな。キレーな目ェした犬拾っちまったから、今はそいつで手いっぱいだ」
「犬、ね。噛まれないように気をつけろよ?犬ってのは案外嫉妬深いもんなんだ」
「言われなくてもわかってるさ」

ニヤリ、とは一般人が見れば見惚れてしまいそうなほど凶悪でセクシーな笑みを浮かべ、堅い椅子でそろそろ痛くなってきた腰を浮かせた。

「しかし今日は良い天気だな、こんな日差しじゃ脳みそがとろとろに溶け出しちまいそうだ」
「本当だぜ。春でもないってのに頭ん中にお花咲かせてるやつらが最近相当多いそうだからな」
「俺の知る限りでも4人は愛する伴侶に顔向けできないことしてるやつがいるな。他にもやんちゃしてる奴が数人、しかもそれを知られてないと今でも思ってやがる」
「これだけ良い天気が続けばしょうがないだろ。…しばらくは害虫狩りも楽に済みそうだな」
「そうだな。殺虫剤じゃなくて虫よけスプレーちらつかせるだけでも効果はあるだろ」
「りょーかい、だ。いつも悪いな」
「足元固めたからな。今じゃ寝てても耳に入るようになってるんだよ」
「怖ぇな。これじゃおちおちオナニーもできないぜ」
「そこは同じ組織の仲間のよしみで見なかったふりしてやるよ」

はポケットに入ってた何枚かのコインを机の上に置いて、目だけでライルにあいさつをして外へと足を踏み出した。まったく、どっちが本題だっつーんだ。はそんなに俺って信用ねーのか?と心の中で首をひねり、近くにとまっていたタクシーへと乗り込んだ。







という男はその情報量もさることながら、女を欠いたことがないということでも有名であった。有名、と言ってもそれはこの国中の人間が知っている、などというスター並みのものなどでは勿論なく、自分たちの属している組織の中では、という意味である。そして後者に至っては、とプライベートな付き合いのあるようなさらにごく一部の人間しか知らないことであり、一応は恋人のような位置にいるニールでさえ最近知ったことである。しかも酒の場で。他人によって。の組織での役割上、それは仕方ないことであると言えばそうなのだが、なにしろ本人が根っからの女好きであったのがさらにそれに拍車をかけていた。の得意とするものは情報戦であり、が何年もかけて張ってきたマスコミ顔負けの広い網はどんな武器にも代えがたい。それはもちろん地域の住民からの協力もあってのものだ。人受けの良いは裏町に特に人気があり、それに加え顔も良いとくれば女はまず放っておかないだろう。ニールに対してはあまり発揮されていないようだが、マメで紳士なところが女のハートをつかんで離さないらしい。

そんなこんなで大事な情報を女が握っている場合などもある。その場合は偶然に見せかけたなにやらを駆使し、最終的に相手を骨抜きにさせて情報を聞き出す。の女好きが如何なく発揮されるのは情報を聞き出した後である。中には女から情報を聞き出すだけ聞き出しておいて用が済めばポイ、というのもいるこの世の中、は相手の女を放置することはせず相手の要求のままに、つまり相手が話してしまった内容を思い出して殺されるのではないかと言えば組織を挙げて守り通し、自身にずっと守ってもらいたいと相手が強請ればは断ることなくそのかわいらしい願いを聞き届ける、ということだ。

なのでニールはは女とは切っては切れない立場にいることを理解しているし、特に反対するようなことを口に出して言ったことはなかった。

「は、ぁっ、、っうぁ…」
「っはぁ、…かーわいー声上げちゃって…そんなにいいか?」
「ああ…すっげ、なんだよこれ…」
「言ったろ?俺は舌テクすげぇぞって」
「っふ、…おいおい、これ、本当に初めてなのかよ」
「ああん?俺のお口の処女捧げてやってるってのに、んっ、なんだ、その言い草は…」

今日は俺がお前にご奉仕してやる精々可愛い声で鳴くんだな、と高らかに宣言されてから十分とちょっと。その宣言通りニールはあんあん鳴かされる羽目になっているのだが、今まで触りなどはしていたがやはり抵抗があったのか口でフェラしたことなんてなかったがなぜいきなりこのようなことを言いだし実行に移したのか。先日先に腹を決めたニールがのものを口で愛撫したのがなんだか悔しかったのであろうか、確かにやると決める前は少々の抵抗があった。だが口でしたときの相手の反応というか、やはり手だけよりは舌を使ったほうが感じるということはニールの経験上分かっていたのでのもっと乱れた姿が見たかったのだ。して欲しいと思ったことが無いわけではないが、やはり男同士の葛藤というかなんというか、そういうものをニールも理解していたので無理強いすることはなかった。無理強いなんてしようものならの愛銃が火を噴くことは目に見えていたのも理由の一つだ。

ただでさえのテクニックが半端ない上に考え事などしていたものだから、からの一層強い刺激に耐えることなどできずニールはある意味不意打ちでイカされてしまった。なんとなく予測していたのかは手で蓋をするようにして精液を飛ばさないようにした後、満足げに手を離しそのままシーツへ擦り付けたのがニールの目に映った。…誰が洗濯すると思ってるんだそのシーツ。

「いい顔して感じちゃって…なんとなく上でイカせたがる女の気持ち、分かったぜ」
「上?」
「手淫、尺八、そしてパイズリ」
「アホか。胸ないだろお前」
「ははは、突っ込むとこそこ?…俺もな、ニールの喘ぐとこ見てたら興奮しちまった」
…」
「というか俺が突っ込みたくなってきた」
「何ィっ!?」
「たまには攻守交代どうよ?天国、見せてやるぜ…?」

流し目をされて耳元でささやかれ、一瞬うなずいてしまいそうになったがニールは無意識につかんだシーツの冷たさにはっとして、押し倒されそうになっている状態からを押し返した。そうなることは半ば予想していたのだろう、は惜しい、とでも言うように舌打ちをした。

「あ…ぶないやつだな本当にお前は!」
「もう少しニールが快楽に流されやすいやつだったらよかったのにな。畜生、やっぱ最初に折れないほうがよかったか」

は一番最初のセックスを思い出しているのか一瞬遠い目をしたが、もう今となってはニール相手ならばどっち役でもいいと正直思っていたのですぐに現実へと戻ってきた。たまに攻守交代の誘いをするのはやはりも男の子なので挿れたいなと思わないこともないのに加え、流されまいと必死になっているニールの反応を見るのが楽しいからだ。流されてくれたら流されてくれたでおいしく頂こうとは思っているが。

先ほどの攻防で緊張したのかなんだかやけに口の中が渇いていることに気付いたニールは、先ほどまで飲んでいたビールがまだ残っているのを思い出し口をつけた。時間の経過と共に興奮も冷めてきたのかもニールに続き酒やつまみを手繰り寄せて酒盛りを再開した。先ほどもこうやってただ飲んでいただけなのだが、いつの間にかあのようなことになっていた。

「…こなれてきてんのかね」
「あ?」
「いやなんでも…。なあ、お前俺とセックスするの好きか?」

まったく前後のつながりの見えないニールの質問には目をぱちくりとさせ、噛んでいたスルメを飲み込んでから嫌いではないな、と答えた。

「俺は順応力高い上にセックスが好きなんだ。知ってるモンだと思ってたけど」
「知ってたがな…まあ確認みたいなものを」

本当は女とのセックスとどっちが好きだ?と聞きたかったが、さすがにそれはカッコ悪すぎると思い口に出す前に違う言葉へと変換した。恋人のような関係、とは言ってもどちらかがそれを言葉にして明確なものにしたわけではない。言い換えるならばニールとの関係はセフレとも言えてしまうのだ。だがニールのに対する気持ちはセフレなどという言葉では表したくなかった。体の関係を持つきっかけがきっかけだっただけに、ニールは時々悩んでしまう。がそう簡単に男に足を開く(というかニールが初めてだった)ような男には見えないので自分が特別な存在なのだと自負することはできるが、たまにから女物の香水の匂いがするとどうしようもない気持ちになる。別にに女と会うなと言いたいわけではない。会って食事をするのはいい、キスもまあ大分癪だが許そう、でもがほかの人間とセックスをするというのだけは嫌だった。

「双子ってやっぱ似るもんなんだな…人体の神秘ってやつなのか?」
「は?どうしたいきなり。そりゃ双子なんだから外見は似るだろうよ」
「俺が言ってるのは中身の話なんだがな。…というかライルだよライル!お前も中々だけどよ、あいつってホントブラコンだよな!」
「はあ?あいつが俺に懐いてきたことなんてチビのときくらいしかないぞ」
「つーか思いだしたらムカついてきた!あいつもだけどお前もお前だ!この兄弟はそんなに人のこと尻軽にしたいのかね…」
「さっきからなんの話だ?尻軽って…まさかお前ら!?」

そう言ったと同時にニールの視界は反転して、頭の下にあたるシーツの柔らかさと額に突き付けられた堅い感触がやけにシュールだと思った。

「”まさかお前ら”…なんだ?」
「あ、あの、目、据わってますけど…」
「なんとなく感じてはいたがな。時間がたてば分かるだろと思ってた俺が馬鹿だった」
「なん…っんう!?」

ニールの額に突き付けていた銃をベッドの下へと放り投げ、はニールへと噛み付いた。骨の音が聞こえるくらい強く突き付けられてはいたが、指がトリガーにかかっていなかったので本気で撃つつもりが無かったことは分かっていて差し迫って心配していなかったが、すぐに違う危険が身に降りかかっていることに気付き腹に力を入れた。視線は一瞬無意識に銃の放られた方へと向かったが、そんなことをしている余裕はないのだ。のキスは、上手い。全体的にの技巧は並はずれているのだが、キステクだけはそれを群を抜いている。気を抜くと脳みそをシェイクにされた気分になり、腰も立たなくなる。キスだけで相手をイかせろと言われればは難なくそれをやってのけてしまうだろう。普段は俺が本気だすとお前今以上に俺にメロメロになっちまうだろぉー?と言って手を抜いているだが、今回は本気だ。ニールは直感でやばい、と思った。が本気を出したことがあるのは一番最初にキスしたときと、機嫌が悪く本気でニールを下にしようとしたときだけだ。このままじゃ立つだけじゃなく体を起こすこともできなくなる、と抵抗しようとしたが、その時は既にはニールから少し離れたところにいた。…いつの間に。頭の中がとろんとしすぎてそれすら分からなかった。は少し上気した顔でニールを睨んでいたかと思うと、いきなりニールの股間を掴んだ。

「うぁああ!お、おまっ」
「ハン、さっき出したくせにもうこんなに硬くしやがって」
「それはお前がっ」
「俺がなんだ?俺のキスにでも酔ったか?」
「あったりまえだろ!?あんなキスされて、勃たないほうがどうかしてるさ!」
「そんなにキスが好きなのか?今まであんま本気出さなくて悪かったな」
「馬鹿野郎っ、俺は、キスじゃなくてお前が好きなんだよ!」

そう叫んだと同時に一瞬だけが怯んだのをニールは見止め、そこでようやくも硬くしているのに気付いた。

「つーかよ…普通に考えて男が男のちんこ舐めるなんてただ事じゃねぇだろ」
「まあ…な。それは同意する」
「あとお前俺が前言ったことも絶対忘れてる」
「なんのことだ?」
「お前の謹慎最終日のことだよ。俺は何故か今記憶障害になったから覚えてないがな」
「最終…あ」
「俺が伊達や酔狂であんなこと言うかっつーの」
「…覚えてないんじゃなかったのか?」
「覚えてねぇよ。覚えてないから二度と言わないからな、絶対忘れるなよ!」

顔を赤くして横を向いてしまったの頭を再びこちらへ戻し、怒鳴りつけられる前に今度はこちらからキスを仕掛ける。流石に噛まれるか、と思ったが舌を入れても絡められるだけだったので、少し勇気を出して手をの下半身へと伸ばした。

「お前だって、ガッチガチじゃねぇか…」
「ぅあ、っ、…なんでかは言わなくたってわかるだろ?」
「ああ、キスが好きなんだったな」
「言ってろ」

今さら気付いたことではあるが、女物の香水は匂いが移りやすい。その女と一緒にイイコトをしても勿論移るし、長時間一緒にいるだけでも移るだろう。たまにから女物の香水の匂いがするとどうしようもない気持ちになる。別にに女と会うなと言いたいわけではない。会って食事をするのはいい、だががほかの人間とセックスをするというのはどうしても嫌だし、キスだって絶対に許しはしない。







の情報網は広くて正確だ。何年もかけて固められたそれはすぐさまの耳に入るようになっているので、最近ではわざわざ女に頼らなくとも必要な情報は入ってくるようになっている。それでもがわざわざそのような危険な方法で情報を得ていたのはひとえにが女好きであったことと、あちらからに寄ってきていたからだ。だが最近のは誘っても全く乗ってくることもなく、誰か特定の女が出来たのだと女たちをがっかりさせているともっぱらの噂だ。

「人の噂なんて当てにならんが、今回のはずいぶんと信憑性あるんじゃないか?」
「噂なんて一番信じちゃならんもんだろ。俺は自分で見たものしか信じないんだ」

なら自分が一番正しいことを知っているのではないか。という言葉はかろうじて飲み込んだ。数日前と同じカフェ、同じテーブルに同じ顔が着いていることを女の店員が喜んだことは、その浮足立っている様子からマスターだけが気付いていた。前回と違うのは、先にテーブルに着いていたのが逆だということくらいだ。

「俺もここの雰囲気は好きだな。しかもコーヒーは上手いし店員は可愛い」
「はは、さっそく浮気宣言か?」
「目で愛でるくらいは許されるだろ。それとも俺が知らなかっただけでそんなに狭量な男なのか?」
「まさか、兄さんは誰よりも優しい男なんだ」
「そんな男が弟に釘刺させに来るかねぇ…」
「別に頼まれたわけじゃないさ」
「自己満足か。オナニーもおちおちできんと言ってた奴のセリフじゃねぇな」
「…まぁな」
「次からは言いたいことあったら弟に察せられて言わせる前に自分から言ってこいと言ってやれ」
「わかってるさ。俺もそろそろ一人立ちしないと駄目だしな」

会話もそろそろ切れてきた、というところでは組んでいた足を戻し、席を立つ素振りを見せた。

「仕事残ってるのか?」
「まあな。ああ、あとひとつアドバイスしておこうか」
「アドバイスだって?」
「ライル、いつからお前人前でも兄貴じゃなくて兄さんって呼ぶようになったんだ?」
「………つい、クセで」
「俺がお前ら見分けられないわけねーだろバーカ。俺財布忘れたからここお前持ちな。今日俺の部屋来るんだろ?そんとき返してやるよ。まあ?知らない話題が出ても怯まないようになったらまたこのプレイに付き合ってやるよ」
「このくらい俺がおごってやるよ!あんま傷に塩塗りたくんな!」

は軽快に笑いながら席を立った。そうだお前ちょっと耳かせと、なにか言い忘れがまだあるのかとニールがに近づくと人に見えないようにキスされた。

「夜まで我慢できるよなダーリン?…待ってるぜ」

の分の皿を下げに来た時、残されたほうの男が顔を真っ赤にさせて目に手を当てているのを、店員が首を傾げながら見ていたのに気付いた者は誰一人としていなかった。


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