「好きって言ってみなよ」
「好き」
「愛してるは?」
「愛してる」

 言われたとおりに反復すると、イルミは思案顔で「なにか違うな」と呟いた。言わせておいてその言い草はなんだ、と思ったが私は私で忙しいので、恐らくはお互い様だ。
 最近手に入れた本を1ページ進めると、枕役になっていたイルミが立ち上がり私の頭はソファーに沈む。

「時間?」
「うん」
「行ってらっしゃい」

 しかしいきなりだったな、と思う。イルミはいつも何考えているのか分からないし、私もどちらかと言えば分かりにくい人間だと言われる。自分ではそんなつもりはないが、どうも感情が表に出にくいらしい。そして猫のように気まぐれだ。
 私とてイルミに「好き」や「愛してる」と言われて心が動くかと言われれば、それは否と答えるのだろう。理由は分からない。ただ、何かが違うのだ。
 イルミに対する気持ちは愛や恋に近い感情ではあるが、それは決して愛や恋ではない。何故か?そうではないからだ。

 答えなどありはしない。





「これあげる」

 そう言って差し出してきたのは小さな四角い箱。受け取って開けると案の定、そこには指輪が入っていた。それを見ていた私の目の前でイルミは指輪を取り、そのまま私の左手にはめた。サイズはピッタリだ。

「うん、似合うんじゃない?」

 どこか満足そうにイルミは言って、そのままバスルームへと消えていった。私はというと呆然とその一連の流れを見て、左手にはめられた指輪を見る。作りはシンプルだけれど、確かこのブランドはめちゃくちゃ高価なものではなかっただろうか。

「何考えてるの」
「ノックしてよ」

 なんだかよく分からない気持ちになってシャワーを浴びているのも構わずに私はバスルームの扉を開ける。イルミは気分を害した様子もなく、濡れた髪を掻き上げるようにして振り向いた。見せ付けるようにして左手を顔の横まで上げると、イルミは少しだけ目を細めたがそれだけだ。

「首輪みたいなものなんでしょ。勝手にどこにでも行かないように」
「束縛するの?」

 誰の入知恵だ。イルミだけでこんな発想が出てくるとも思えないけれど。
 少し棘を含めたように言うと、イルミは入り口にいた私の腕を掴んで中へ引っ張り込んだ。壁に強く背中をぶつけて軽く咳き込む。シャワーが出たままなので私も上から濡れていく。

「そうなのかな」
「なにそれ」

 怒ったのかと思ったけどそういうわけではなかったらしい。私の疑問に対してイルミは首を傾げた。もう服はびしょ濡れで、体にくっ付いて気持ちが悪い。髪も顔に張り付いて邪魔だ。イルミを見て私は笑った。

「私を愛してるの?」
「愛してなんてないよ。馬鹿じゃない」
「私だって愛してないわよ」

 でもこの気持ちに名前をつけるならば、それは独占欲や執着と言ったものだろう。妄執とも言っていい。イルミは私の言葉を聞いて少しだけ笑った。

「知ってるよ。やっぱりお前は馬鹿だな」

 そう、これは愛ではない。…決してね。




それをと知れ

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