。雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨。雨が、降っている。



奉公先から頼まれた仕事を終え、大橋を渡ったところで今まで快晴だった空が急に暗くなった。見上げると同時にぽつりと一粒の雨が顔にあたり、小田島は小走りに雨宿りのできそうなほどの大きさの木の下へと向かった。季節はすでに秋ではあるが、まだ夏の蒸し暑さは去りきっていないので少し走っただけで額に汗が浮かぶ。木の幹に体を預け、無骨なてでそれを拭う。むわりと湿気を多く含んだ空気が体を包んだが、何故か不快には思わなかった。

坂井の家が例の化け猫事件でとり潰しとなって既に一年を数えた。最初こそはどうしようかと迷う日々が続いていたが、坂井家に仕えていた頃の自分を知る名家の主人がその事件を知り、自分を雇いたいと言ってくださった。化け猫の一件で、坂井家に思うところは多々あったが、愛着が無かったわけではない。だが、それが無くなった今では新しい道に進むべきなのだと思った。

(それにしても、)

朝は雨など降る気配など微塵すら無かったのに。秋の天気は変わりやすいと言うから、仕方がないことなのだろう。すっかりと厚い雲に覆われた空を見上げると、生ぬるい風が頬を撫でた。一瞬身震いをして、なんだと思うか思わないかの内に小田島の視界に風に揺れる金の髪が映った。いつの間にいたのか、少し離れた場所に一人の人間が立っている。髪で顔が隠れているので表情は分からないが、体のつくりを見ると男よりも女のそれに見える。そして目につくのはやはり最初に目に入った金髪だ。この国では滅多に見ることのない色。異国の民の証であり、小田島も金の髪を持つ者を見たのはこれが初めてだった。目が合う。

「……」

血をこぼしたような、赤。全体的に色素の薄いその者の中でそれは強烈な存在感を放っていて、一瞬小田島は息をのんだ。

「こんにちは、お侍さん?」
「あ、ああ」

にこやかに笑みを作ったその人物が近付いてきて、すぐそばで止まる。近くで見るとより思ったが、人ではないように美しい。

「お侍さんも、雨宿り?」
「ああ、いきなり降ってきたものでな…」
「びっくりしたよな。少し濡れてしまった」

言葉の通り、髪も服も少し湿っている様子。ただでさえ柔らかそうな髪もよりしっとりとしている。どうも不思議な雰囲気を持っている。薬売りの男のときもそう思ったが、あれとはまた違う雰囲気だ。油断したら飲み込まれてしましそうな、笑み。このような容姿をしていて、そのようなことをされてしまえば流石の小田島も顔が少々赤らむ。雨があがるまでどうせここから動けないのだ。しばらくの間はとりとめのない会話をして時間をつぶすことに無言の了解で二人は会話をしていた。

「そういえばな、晴れていたのにいきなり雨が降ってくるのって物の怪の仕業だとも言われているんだ」
「物の怪?」
「ああ、信じていなくていいんだが」
「いや…、」
「信じているのか?普通なら笑い飛ばされるものなんだが」

それはそうだろう。小田島とて、自分があのような恐ろしい目にあっていなければ今も信じていなかっただろう。あの男と雰囲気が似ているだけでなく、そんな知識を持っている部分でさえ似通っているのか。全く接点のなさそうな二人だが、話をしてみるとなんだか少し似ているような気がする。これで、本当に知り合いだとしたらたいした偶然だ。そんなことを考えているとは露とも知らない隣の者は、少し意外そうな表情を向けている。それほどまでに自分は頭が堅そうに見えるのだろうか。…見えるのだろうな。

「まあ、それなら話しやすいが。結構いるんだよ、そんな物の怪」
「何故そのようなことを知っているのだ?」
「ほら、さっき言ったとおり、旅してるんだよ。その端々でそういういろんな話を聞くんだ」
「なるほど…それで、どんな物の怪がいるのだ?」
「そうだな…、たとえば雨降小僧、雨女。これは雨を降らすだけだから特に害はない。でも天降女子(あもろうなぐ)っていう天女は別だ」

天女とは、美しい女を表す形容詞のような意味も持っている。無意識に隣の金の髪を見つめたが、自分がしていることに気付くと小田島は急いで視線をそらした。

「あ、雨を降らせるだけではないと言うのか?」
「ああ。一説だが、その物の怪が天上から降りてくる際はどんなに快晴でも雨が降る。そして男の魂を持ち帰るために降りてきている。その姿は美しく、微笑を湛えながら男に近づき誘惑し、男がその誘惑に負けるとその魂は抜き取られてしまう。…おもしろいよな?」

凶悪に美しい笑顔を斜め下から向けられる。小田島は自身の鼓動が妙に脈打ったのを感じた。薄っすらと背中が汗ばみ服が体に張り付く。相手の白い手が、自分の腕に触れたのが見えた瞬間動悸が一気に早まった。『どのような快晴の日でも雨が降り』朝はあんなに天気がよかったのに、突然雨が降ってきた。『その姿は美しく』小田島は、目の前にいる人物ほど美しいものを見たことがない。こう思うのは癪だが、薬売りも美形ではあったが種類が違う。このような、白い肌は見たことがない。金の髪を結いあげ刺さっている簪の細かい細工でさえ、今ではもう完全み見える距離だ。『微笑を湛えながら近づき』赤い目で見つめられたときは不思議な感覚がした。まるで面白い獲物を見つけたかのような、楽しそうな笑み。手が小田島の服にかかる。『男の魂を持ち帰るために、空から――――』(ああ、そういえば、)この者はこの木の下に、いつ来た?

「―――っ!!!」

小田島は急激な焦燥に駆られ、相手の手を無理やりほどいて一気に後ずさった。残された赤い目に見つめられ、心臓が破れそうなほど高なっているのが分かった。小首を傾げ、その目は楽しそうに笑いながらどうした、と聞いてくる。この者は、何なんだ?

誘うような視線にぶるりと震え、懸命ににらみ返すと、その視線に込められていた邪気がすべてなりをひそめ、相手は嬉しそうに破顔した。

「ふ、ふふっ、あはははっ!」
「…!?」
「ふふふっ、ふふ、ごめんな?」
「………は?」

軽い足取りで近づいてくる相手に少々臆したが、その瞳に先ほどまでの色はない。

「お侍さん、反応が面白いから、ついからかってしまったよ」
「…な、」

なんだそれは。

「もちろん、小田島殿の前にいるのは天降女子なんかじゃあ、ないよ?ただの、通りすがりの奴さ。この雨も、ただ天候が崩れただけだろうね」
「ば…馬鹿者っ!!驚いただろう!!」
「ははっ、すまんすまん。名演技だったろう?」
「〜〜〜っ!!」
「うんうん、楽しかったなぁ」
「…、……………っ性格悪いぞ」
「ふふふ、そうかな?」

ふわりと笑う様子に邪気など微塵たりとも感じられない。もしかしたらこれは油断を誘うための演技かもしれないが、小田島はそうは思わなかった。もし演技だとしたら、この者を信じた自分が悪いのだ。――本当に楽しそうに笑う。

「ちなみに、天降女子に出会ってしまったときの対処法は相手を思い切り睨みつければいいんだ。そうすれば根負けしてくれる」

皮肉なことに、小田島がこの者を睨みつけたのは本物への対処法だったらしい。…なんて、偶然なんだ。ここまでくると目の前で笑うこの者にすべての行動を操られていたように感じてしまう。なんて奴なんだ。人を思いのままに操ることができるのは、頭のいい、しかも年をとってないとうまくいかないとよく聞く。自分などはこの性格もあってか人を操りたいなどは考えたこともなかったものだ。…どう見ても、年下にしか見えないのに。なんて娘なんだ。

「…あまりおなごが人をからかうものではないぞ」
「ん?…んー、そうだなぁ」

微妙に歯切れが悪い返事だったが、さほど小田島の気には止まらなかった。そしていきなり頭に冷や水をかけられたような気分になったと思ったら、大量の水滴が木の葉から落下してきたところだった。目の前で驚いた表情をしている娘には一滴たりともかかっていない。何なのだろう、今日は厄日なのだろうか。上を向くと葉の間から明るい光が漏れている。太陽が出てきたのだ。

「…雨、止んだな」
「ああ。…くそ、しかしびしょ濡れだな」
「すぐに乾くだろうよ。ほら、水も滴るなんとやらって」

くすりと笑い娘は木の下から出た。厚い雲の間から切れ切れに出る光は暖かい。これならば、多少湿気はあるもののすぐに乾くだろう。風も吹いてきた。

「俺もそろそろ戻る。殿はどうするのだ、今宵の宿はあるのか?」
「大丈夫だよ、いざとなれば野宿もできるから」
「若い娘が一人野宿などしていたら、襲ってくれと言っているものではないか!」
「…小田島殿、そういえば言っていなかったことがあるのだがな?」
「なんだ?」

目の前の娘が少々言い辛そうにはにかんだのを見て、小田島は先ほどののいたずらの内容を思い出したがそれはないだろうと頭の中から一掃した。

「自分がそう言う風に見えないということは分かっているし気にしていなかったから今まで言わなかったんだが、俺は男なんだ」
「…は?」

男?誰がだ?…どこに?小田島は一瞬何を言われたか理解できなかった。目の前でほほ笑むこの娘――いや、男なのだから娘ではない――が、男?…そんな馬鹿な。だから先ほどおなごなのだから云々という会話で、歯切れの悪い返事をしたのか、と混乱しながらも小田島はどこか納得した。…この世の中に物の怪というものがいるのならば、このような全く男に見えない男がいても可笑しくないのかもしれない。だが、これはいくらなんでも。おかしな世の中だ。

「そ…そうなのか」
「そうなんだよ。証拠見る?」
「な…っ!冗談はよせ!だ、だからといって野宿は危ないだろう!襲う側は男と知らないのだろう!?」
「うん?まあそうだけど、大丈夫。今日は泊まるところあるから」
「ならばいいが…」
「連れがいてな、そいつが宿をとっておいてくれてるからそこに戻ろうとしてて雨に降られて」
「分かった。余計なことを言ったな」
「いやいや。俺あっちなんだ、小田島殿は?」
「俺はそっちだ。反対方向だな」
「うん。いつかまた会えたら話そうな」
「もうからかわれるのはごめんだぞ」

それには笑顔で返事をして、は自分が来た道へと向かって去って行った。『いつかどこかで』なんて曖昧な約束なのだろう。もう会うのは難しいだろうが、少しくらいは期待していてもいいだろうか。小田島は予定よりも大幅に遅れた帰り道へと足を踏み出した。雨は、もう降っていない。







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