「し、しのぶちゃん歩くの、はやいっ!」
「ああ!?何で俺がお前のみじけー足に合わせてやらなきゃなんねえんだよ。お前が伸びろ」
「くっ、今日も無茶を言う!」
「お前がその呼び方やめたらもう少しだけ優しくしてやんよ」
「しのぶちゃん?」
「そうそれ、って呼んでんじゃねーよ!」

 目に星が散らばった。ちなみに今は夜ではなく、太陽の燦々と輝く真昼間。つまり星というのは夜空に輝く何万もの宇宙のごみのことではなく、しのぶちゃんこと吾代忍に容赦なく脳天を殴られたことによる眼球に映る光点のことである。女子高生の脳天を容赦なく殴りつけるなんて、なんというチンピラであろうか。これで少女趣味なのだから世の中は分からないものだ。

「馬鹿言うな。俺が本当に容赦なく殴ったら星じゃなくて天国見る羽目になるっつーの」

 なんやかんや言いつつも私の歩く速さにスピードを落としてくれたこの人は、見た目ほど悪い人ではないのは、実は結構前から知っている。
 通称しのぶちゃん、本名吾代忍は見た目はチンピラ・中身のチンピラのチンピラが服を着て歩いているような人間である。以前から何度か見たことはあったけれども、私の人生に関わってくる人種ではないと見て見ぬふりをしていたのはあの頃の私。そのチンピラがうちのおばあちゃんを背負ってチャイムを鳴らしてたのを見たときには腰が抜けるかと思った。思わず金属バットを持ち出してきてしまうところだった。
 おばあちゃんの話を聞いてもピンとこなかったが、あれから注意してそのチンピラを見るようになったらあらら不思議。本当に面倒見がいいんだね、チンピラさん。実際に何度か文句を言いながらも人の世話を焼いているのを見て、私はようやく色眼鏡を捨てることができた。まあ簡単に言うと惚れた。

「誰が少女趣味だ!!デタラメ言ってんじゃねぇっ!」
「突っ込み遅っ!」

 しかし少し目を離してるといつの間にか無職になってるしコンビニでバイトしてるしでなんだか色々とあったみたいで、私の一般的にストーキングという名の愛の観察日記が観察対象にバレたのもそのころだった。今思いだしたら本当怖かったねあれは。殺されるかと思った。私ピンチになって本領を発揮できる子だったらしい、以前おばあちゃんが助けてもらったからそのお礼がしたいんですとおばあちゃんをダシに使って言い訳をしたらそれをあっさりとはいかなかったけれど信じてくれたので、おうちにお呼びしましたおばあちゃんをダシに。弟と犬は怖がって威嚇していたけどおばあちゃんはいきなりだったにも関わらず私のアイコンタクトの意味を察してくれてチンピラさん、しのぶちゃんに接してくれた。しのぶちゃんの名前が吾代忍と分かったのもこのときだ。意外にもかわいい名前に驚いて小さな声でしのぶちゃん、と言ってしまったのをおばあちゃんが聞き取って、おばあちゃんがしのぶちゃんのことをしのぶちゃんと呼び始めたので正直死ぬかと思った。
 犬だけでも逃がそう、弟は知らん、と思ってたらしのぶちゃんはババアふざけんなよと言いながらも笑顔だったので私は惚れ直した。そこからなんとなくしのぶちゃんとの距離が掴めはじめてしのぶちゃんと日常的に接することができ始めて今に至るのだけれども、たまに迷惑じゃないのかな、とかって思ったりもしなくもない。



「吾代、貴様も隅に置けないな」
「ああん!?行き成り何言ってんだ化物」
「見たぞ、貴様が昼にいたいけな女子高生を連れまわして鼻の下を伸ばしているのを」
「えっ!?吾代さん犯罪は駄目だよ!」
「行き成り呼び出して何かと思えばそれだけかよ!帰るぞ俺は。お前らのSMプレイ見てるほど暇じゃねぇんだよ」
「ちょっ、待って吾代さんせめてこの縄だけでも外して行って!」
「おやおや、図星を突かれたからといって拗ねるな吾代。ちなみに図星というのは急所のことであって貴様のここも図星にあたる」
「ぎゃあああああああああああ!」
「ご、吾代さぁん!」
「ちったあ手加減しやがれ化物!あいつは昔助けたババアの孫だっつーの」
「ほう、老女だけでは飽き足らずに孫娘にまで手を出すとは…貴様もなかなかの外道だな、御見それする」
「あああああねじ切れるうううう!!」
「いたいけな女子高生にコブラツイストかけてる奴のセリフじゃねぇよ!」



「やっ、しのぶちゃん。また会ったね」
「また待ち伏せしてました、の間違いじゃねぇのか。ったく、女子供がこんな時間までうろついてんじゃねぇよ」
「だってしのぶちゃん基本夜型だもん。最近めっきり会う機会少なくなってきたからさぁ」
「だからってお前なぁ」
「なーんてね!単なる塾帰りだったりするんだな!期待した?実は俺のこと探してたんじゃないかって期待しちゃった?」
「こ…んの馬鹿娘が!ババア心配してんじゃねぇのか早く帰れ!」
「まあそれはいいんだけどさぁ、…送ってくれるよね?」
「…チッ、今ちょうど暇だから送ってやるよ。仕方ねぇな」
「えへへ。 …? っしのぶちゃ」


「…って、ん、ああ?」
「!しのぶちゃん!起きた?起きたっ?大丈夫っ?」
「ああ?…ああ、」
「うわああああああん悪いことばっかしてたからだよばかああああああああああ」
「うっせぇ傷に響く…、相手はどうした」
「そんなのしのぶちゃんがのしちゃったよ!記憶さえもないの!?うっ、うううう」
「アホ泣くなブスになんぞ。おい降ろせ、もういい」

 女の子になんて言い草…と思いながらも私はしのぶちゃんが無事なのが分かって涙腺は決壊寸前状態である。目を押さえすぎて視界がぼやけるが、それよりも私の足がもう限界寸前だった。やはり大人の男の人一人を運ぶのは私には荷が勝ちすぎていたらしい。しのぶちゃんが行き成り後ろから木の棒みたいなので男の人に殴られて、でも倒れる前にその男の人のお腹に回し蹴りを決めてぶっ飛ばした一部始終を見てしまった私はその後に頭から血を流して倒れたしのぶちゃんをおぶってその場から離れた。誰にも邪魔されないようにって人気の少ないところでしのぶちゃんを待ってなければよかった。それはあのしのぶちゃんを襲った相手にとっても誰にも邪魔されないというシチュエーションだということだったのだ。でも普通に17年平和に生きてきて、そんなことに頭が回るわけないじゃないか。しのぶちゃんと出会ったからっていって私までしのぶちゃんと同じ道を歩いてきたわけじゃない。でもごめんなさいしのぶちゃん。私がいなきゃきっとしのぶちゃん怪我する前に相手に気付いて倒せてたよねきっと。

「バァカそれは俺のこと過大評価してんだよ、っと」
「うはあ!」
「悪いバランス崩して…」
「……」
「……」
「ど、どこ触ってんのしのぶちゃんの変態!」

 17年間平和に暮らしていたとは到底思えないほど見事な回し蹴りを、私は忍ちゃんの怪我をしている頭に叩き込んでしまいました。



 あの後少し休憩して足を回復させたあと、がんばって自宅までしのぶちゃんを運んだ私は恐れおののく両親をおばあちゃんの協力のもとなんとか説得してしのぶちゃんを中に入れることに成功した。応急処置にスカーフを頭に巻いていただけだったので、お母さんと一緒に救急箱の中身を駆使して手当をして、布団に入れてあげた。…目覚めなかったらどうしよう。しのぶちゃんに怪我をさせたのはあの男の人だけれども、とどめを刺したのは明らかに私だ。

「しのぶちゃんこのまま目を覚まさなかったらどうしよう…」

 興味津津にこちらを覗いている弟を追い出して、私はしのぶちゃんのおでこを撫でた。おばあちゃんが私の横に来てくれて、膝を貸してくれた。おばあちゃん、ありがとう。私おばあちゃんのことが好きなのと同じくらい、違うベクトルでしのぶちゃんが好きなの。おばあちゃんは何も言わないで私の頭を撫でてくれた。



 目が覚めた時に最初に目に入ったのはしのぶちゃんが固まってる姿で、珍しいものを見た、と思った。って、あれ、なんでしのぶちゃん固まって。というかなんだか近すぎやしないかこの距離。どうしてこんなにも体がぽかぽかしてるんだろう。答えは簡単私たちが一緒の布団でくっついて寝ているからでえす。

「…」
「…」
「…おはよう」
「…おう」
「気分はどうですか」
「なにやら過ちを犯してしまった気分だ」

 まあ単に私が寒くてしのぶちゃんの寝ている布団にもぐりこんだだけで何もなかったというのが正直本当の話っぽいのだが、なんだろう、私もやけに気恥しい。まったく、しのぶちゃんが変な反応をするからだ。体を起して乱れてた衣服を整える。そういえば着替えるの忘れてた。制服ぐしゃぐしゃだよもう。

「…世話になったな。もう帰るわ。ババアと親御さんにあんま心配かけんなよ」
「えっ、帰っちゃうの?でもまだ怪我治ってないのに」
「どんだけここに居座らせるつもりだ。礼だけ言って行くわ。俺にだって仕事あるからな」

 そういって立ち上がろうとしたしのぶちゃんを止めたのは、お母さんのごはんの準備できてるわよ、という一声だった。もちろん、食べてくよねしのぶちゃん!



 あれ以来妙に両親にも気に入られたしのぶちゃんは度々ウチによってご飯を食べていってくれるようになったが、まあそれだけで私たちの間になにかあったとかそういったことは一切ない。あえて言うとするならば私は何も言ってないのにおばあちゃんやお母さんがしのぶちゃんにいつお婿さんにきてくれるのかねぇみたいなことを言い始めたくらいで(お父さんはなんだか渋い顔をしていた)、私はなんだかいたたまれないようなでも別段否定はしないけどしのぶちゃんの反応が気になるような。

「チッ、ガキに興味なんてねぇっつの。そういうのはあと2、3年して胸も背もでかくなってから言え」
「それは全ての胸の小さな女性を敵に回す発言だ!小さいって自分で言ってしまったけど小さくない!控えめなだけだ!…しっかし、意外と大胆だね、しのぶちゃん!」
「あァ?」
「何気にそれって2、3年後に私の相手をしてくれるってことでしょ?嬉しい!将来の約束をしちゃった!」
「な、何いってんだてめえは!人聞きの悪いこと言うな!」
「…私の胸触ったくせに」
「あ…んなもん触ったウチに入んねぇよ!どこからが胸だったかもわかんねぇのに」
「ひどい!あんなに時間かけて触ってたくせに!責任とってよね!ウチのおばあちゃんだってしのぶちゃんが嫁いできてくれたらすっごい喜ぶよ!?」
「てめえん家のババア喜ばせたってなんの得にもなんねぇよ!第一嫁いでくるのはお前だろ!?」
「えっ、…そんなしのぶちゃんこんなところでプロポーズとか…照れる」
「は?…あっ!?」
「嘘じゃないよね?しのぶちゃん、私を嫁がせてくれるんだよね?」
「……あああああああ!3年後だ!3年後に全部決めるぞ!それまで覚悟しとけっ」
「し、しのぶちゃあん」
「その呼び方やめろって言ってんだろ…」

 しのぶちゃんしのぶちゃん、本当にお人よし!だから私なんかに付け込まれるんだって、まだ気づいてないの?


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