「困ったわ」

泣きそうに歪められたわけでもなく、悲嘆にくれているわけでもなく、言うならば無表情で唐突にはそんな言葉を口にした。ああ、困った、本当に困ったわ。そう口々に呟いては、まるで不覚だ、と自分を責め立てようとでもするかのように拳を強く握り隣を歩いていた男から遠ざかるように早足で歩き始める。行き成りの同行中の女性からの意味の分からない、言葉の意味は分かるが何故この場で発せられたか分からない言葉を残されて呆然と佇んでいた蘇芳は数秒遅れての後を追いかけた。

紫州を離れてから既に数ヶ月がたった。観察御史に任命され飛ばされた地方で出会ったこの女性は言うならば蘇芳とは顔見知りで、何度か買い物などの同行はしていたが、急にこのような不可解な行動に出たのは今日が初めてだ。元々それほど速く歩いていなかったのか、唯単に男女の足の動かし方の違いかは今は問題点ではないがすぐに蘇芳はに追いつき、とりあえず横を歩いてみる。視線をやるが反応は一つたりとも帰ってはこない。

「なあ、どーしたわけ行き成り」
「ああ、観察御史様、私になどかまわず、ささっ、どうそお先をお行きなさいませ」
「…ホントにどーしたの。アンタそんなしゃべり方じゃないだろ」
「いやですっ、本当にいやなんですっ!しゃべりかけないでください!」
「……えーっと、俺、なんかした?」

手を伸ばすといやいやと言っていた通りにぱしりと叩き落される。今までの付き合い上でここまで嫌われることをした覚えはないし、もししていたとしても今日散歩を一緒にしましょうと誘ってきたのはからなのだ。何故このような回りくどいことをする必要があるのか。蘇芳を傷つけたいと言う計画だったのならば、これ以上にないほどに成功している。だが、の表情からしてもどうにもそうは見えない。先程行き成り発した言葉の通り、今は無表情ではなくなってきているが本当に困惑している風だ。こちらも困惑気味なので解決をして欲しいと望むところだが見る限り自身でも整理の付いていない感情が内側でぐるぐると渦巻いているらしい。

「本当…困ったわ、こんなはずじゃあ…なかったのに」

先程からこればかりだ。なんなのだろう、本当に。嫌われていない自信はあったのだが、認識は改めるべきなのだろうか。蘇芳はぼんやりとそんなことを考えていたのでが蘇芳の顔を見、ぼっと頬を染めたのは見逃してしまった。

「(ああっ、こんなはずじゃなかった!好きになってしまうなんて!しかもどうして散歩中二人っきりのときに気付くのよ!)」
「(…あー、この気まずい空気を打破するにはなにしたらいいんだ?)」



ららかに瞬き


うららかに




「(ととと、とりあえず今晩は夕食に誘ってみようかしら…!)」
「(夕飯奢ったら機嫌直るかな…)」

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