梃子でも動きそうに無いツンとした横顔に蘇芳はこんなときどうすればいいんだと自分の経験の無さを恨んだ。だが恨んでもどうしようもないことをすぐに悟り、取り合えずは目の前のお嬢さんを説得するほか無いと結論付け視線を合わせることから始めた。一瞬目が合ったと思ったがすぐに逸らされ、溜息を吐きたい気分になってくる。だからと言って勝手に服の裾を捲り上げなどしたら平手打ちが飛んでくることは目に見えてる。だが、深くはないが結構な血が出ているの足の怪我は早く手当てをした方が良いことは蘇芳でも分かった。

「なぁ、お嬢さん。そのままじゃ痛いだろ?布くらい巻かないと」
「大丈夫です。邸に帰って自分で手当てしますから、先にお帰りください」

そう言っては蘇芳の手を借りずに立とうとするが、足が痛むのかすぐによろけてしまう。支えようとしても跳ね除けられてしまい、結局はその場に座り込んだままになってしまっている。さて、このお嬢さんは何をこんなにぷりぷりしているのか。話をしているうちに話の方向は蘇芳のいた中央でのことになり、だがこれと言って特別なことをしてきたわけではないので自然と内容の濃かった数ヶ月の冗官生活から御史裏行までのことになった。もちろん仕事の内容は話せないので人間関係やその他色々を話していたら、突然早足になり均していない路の上で足元に気を遣わないでいたのだから当たり前だがは見事に足元を滑らせた。

「歩けないのに無理するんじゃないよ。ホラ、手当てされるか俺に掴まるかのどっちかにしないと。俺的にはその両方だと助かるな」
「…」

運が悪かったのかの倒れこんだ場所にはちょうど尖った石があり足を切ってしまった。(最初は隠していたのか蘇芳は気付かなかったが、なにやら辛そうで服に血が滲んできたらそりゃあ気付く)悪いのは勝手に一人で歩いていたでもでこぼこな路でも罠のように隠れていた石でもない、を怒らせた上に支えられなかった蘇芳だろう。そのことは自分でもよく分かっているので早く手当てをしたいのだが、足を晒すのが恥ずかしいというわりには態度が冷たい。女の考えてることはよく分からない。だが、おそらく今も中央で一人頑張ってる行動力旺盛なお嬢さんは分かりやすかったなぁ。比べるのは可笑しな話だが、そのくらいの行動は突然だ。

このままでは埒が明かないので蘇芳は自分の服の裾を手ごろな長さに破り、悪いとは思ったが驚いているの裾を少しだけ捲り上げ傷口を適度な力で縛った。悲鳴を上げられると思ったが、は痛みに少し顔をしかめただけで予想していた言葉の暴力と平手打ちは襲ってこなかった。抵抗しないのですぐ近くにあった川で残った布を濡らし傷の周りの血を拭いておく。一連の動作を見ていたはゆっくりと蘇芳に視線を戻した。

「…慣れてますね」
「んー、まぁそれなりには」
「一緒に働いていた女の方もよく怪我をしていたんですか?」
「は?」
「その方の手当てもされていたから上手くなったのでしょうね」
「え、いや、ちょっと」

傷の手当が上手くなったのは新しい生活の中で慣れない事が多く自分も怪我をすることもあるし、よく遊びをせがみに来る近所のチビたちの擦り傷やたまにする血が流れるほどの怪我を治したりしていたからだ。治すと言っても消毒などしか出来ないが、それでもそのことに関しては自分でも上達したとは思っている。あまり自慢できるものではないが。そしてこの言動から察するには何かを勘違いしているらしい。本意が分からないので憶測を立てるしかないが、実は分かりにくいようで分かりやすい性格をしているのだ、このという娘は。

「…」
「…まーた、そうやって黙るし」
「すいません、私意味が分かりませんね。ご迷惑かけて申し訳ありませんでした、もう結構ですので」
「アンタ結構自己完結する人だよな。俺には何にも言ってくれないわけ?」

顔を覗き込んだら逸らされた。ばつが悪そうな顔をしている。この怪我では自力で邸まで戻るのは難しいだろう、蘇芳はに背中を向ける形でしゃがみこんだ。後ろから困惑するような気配が漂ってくる。

「乗りな、送るよ」
「……えっ!?け、結構です!自分で歩けますからっ!」
「無理そうだから言ってんだけどね。歩けんの?その足で」
「…い、いえでも私」
「言っとくけど俺横抱きは出来ないよ。いや出来るだろうけど精々ほんの少し?」
「わ、私重いですし」
「まぁ大丈夫だろ。俺男だし。君軽そうだし」
「…」
「しっかり掴まってくれよ?」

ゆっくりな動作で背中に重みを感じた。遠慮をしているのか別の理由からか若干及び腰になっていたが立ち上がるときの反動で密着した形になった。…柔らかい。

「…破廉恥なことを考えたら殴ります」
「まぁ…気をつけます」
「落とさないでくださいね。落としたら一生恨みますから」
「なら俺に破廉恥なこと考えさせない程度に掴まっててくれよー」
「…っ」
「いたたっ!体勢崩れるっ」

完全にではないが先程の気まずい雰囲気は霧散していった。軽口を叩けるくらいにまでは修繕できたらしい。以前にも何度かこのような雰囲気になったことはある。そっちの経験があまりないせいで深く突っ込んでいい話題なのか分からなく、いつもは先延ばしにしていたのだが今回は先に進んでみるのもいいかもしれない。そうすることで何かが変わってしまうかもしれないが、が何かを考えているように蘇芳だって考えていることがある。それが受け入れられるかどうかは分からないが行動しないままではいけないだろうと心のどこかで分かっている。俺、長いものには巻かれろ主義だったのにあのお嬢さんとタケノコ家人に感化されたのかな。

「君はどう考えてるのかわかんないんだけどさ、俺は結構君のこと気に入ってたりするんだよな」
「…行き成り、ですね。何の思惑があるのですか」
「まぁまぁ、心のままに聞いてくれればいいよ。俺さぁ、あんまこういうこと経験ないし、アンタの気持ち汲み取るのも難しいって思ってるから気付かなかった振りしよっかなって最初思ってたんだけど、ここに来てもう逃げるの止めようって決めたの思い出して」

の体が強張っているのが感じ取れる。きっと自分の体もそうなのだろう。落ち着かせるように深く呼吸をした。

「俺、君のこと好きみたいだ」
「…」
「で、君は?それが聞きたいな俺は」
「ずっ…、ずるいですわ!」
「んー?」
「私の気持ち、知っていたんですかっ?」
「いんや、確信持ったのさっきだし。俺、結構わかんないこと多いんだよな。なぁ、少しずつとかでいいからアンタの思ってること聞かせてくんない?万が一これで俺勘違いだったら穴掘って埋まりたいから」
「…勘違いじゃ、ないですよ。私、…私はあまり口が上手くないですし、変なことばっかりしてしまいますし。…中央で女性の官吏の方がいらっしゃるって聞いて…私、少し嫌だったんです。女性としては憧れますが、蘇芳様と一緒にいたって、聞いて。そのことが少し。蘇芳様にとっては大事な方ですのに、私、嫌な女です」
「嫌じゃないだろ、それ。不謹慎かもしんないけどちょっと嬉しい。大事っても、なんだろな。尊敬?に近いモンだし」
「…本当ですか?で、でもいいのですか?」
「私なんかで、とか言うなよ。あっちはあっちで、アンタはアンタでいいとこたくさんあんだから。それにこういうのって理屈じゃないなって思う」
「蘇芳様…」
「ていうか、言葉にしてくれないの?」
「え?」
「蘇芳様、好き好き大好き〜、とか言ってくれてもいいんじゃない?」
「…っ!え、ええっと…。あ…う…うぅ…。言える訳ないじゃないですかこの状況で!もう少し私の気持ちを考えてください!」
「気持ちって言っても。…あー、照れ屋なんだな、アンタ。なるほど、最近やけにツンツンするなぁ、と思ってたけどそう考えると可愛いよな、アンタ」

言葉にならない言葉をは発し、手加減をされた力で頭を叩かれる。暫らくそうしてじゃれていたが疲れたのか飽きたのか、動きは止まった。その代わり、ぎゅっと手を回されて抱きしめられる。蘇芳の足取りはゆっくりになり、は回した腕に力を込めた。互いの体温が上がったことは、二人とも知らない振りをした。



を植える砂

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